税理士法人総合経営サービス:セミナー

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どんな職業に就きたかったか(人間万事塞翁が馬)

私が中学生の時、担任の先生から「将来どんな職業につきたいか」という宿題を出されたことがある。

一体自分は何になりたいのか、宿題という切っ掛けをもらって、真剣に考えることになった。

頭はたいしたことはないが、幸い体力には自信がある。

人とうまくつき合うことは、へたくそな上、気を使うのは面倒。特に女性とは歯車が合わないし、いっそのことそばにいない方がいい(昔の話)。人に使われるだけで一生を終えるのもどうかと思うし、できたら組織の上の方がいい。そうかといって、会話をするのはへたくそだし・・・

そうだ、それなら船長がいいのでは?パイロットだと英語もペラペラでないといかんだろうし、そんな能力は自分にはないし、それほど勉強もしたくない。やっぱり船長だ(「どくとるマンボウ航海記」(北杜夫)を読んだ影響か?)。船には女はいないし、船の上では船長が一番上だ。話も海の上だから必要はないだろうし、その上世界中に行くことができる。

そんな理由で船長を目指すことになった。それには東京商船大学に入ることが近道であることがわかった。

高校一年の担任の先生に、今の成績なら商船大学は大丈夫だと太鼓判を捺され、勝手に合格したと思っていた。

当時、東京商船大学は、国立大学2期校で、それほど難しい大学ではなかった。

根が単純というか、アホなので、努力はしたつもりではあったが、どこかに油断というか自分が落ちるはずがないという根拠のない自信を超えたうぬぼれがあったようだ。

家にはお金はないので、国立大学しか行くことはできない。入学試験を受けるにも1校何千円という受験料がかかる。

当時、国立大学は1期校、2期校とわかれていて、受験日がずれていた。船乗りになるには1期校の東京水産大学を受けることも可能ではあったが、受験料がもったいないのでやめた。

普通は、国立大学を受ける人は、私立も何校か受けた上で、本番に望むのだが、私の家庭にはそんな余裕もないし、鼻からそんな気もなし。何の根拠もないのに自信だけはあった。2期校の東京商船大学一校しか受けないのは私しかいなかった。しかし、あえなく「桜散る商船」。

落ちてもほとんどショックはなかった。

なぜなら、当時松本深志高校3年生の7割が浪人であることと、翌年は確実に受かるし、浪人ならばやりたいこともやれそうだと能天気に考えていた。

浪人一年目、予備校に行く金はないので、図書館の2階(俗称:浪人部屋)に通った。

朝は新聞配達をし、昼は不動産屋の事務職、夜はビアガーデンの店員と母親の真似をして、一日3つの職をかけもちしたこともある。

働くことは、小学校3年生の納豆売りを皮切りに田植え、稲刈り、声がかかれば何でもやった。働くことは好きだった。

高校生の時にサッカー部に所属していたが、国体には出場できなかった。そこで国体を目指し、社会人のサッカーチームに所属し、フォワードとして県では優勝したものの北信越大会であえなく終了。

さあ、受験勉強に本腰を入れるぞと思った時は、すでに秋となっていた。

それでも、自分は受かると思っていた。

それで受かれば楽しい充実した浪人時代を過ごしたことになるのだが、浪人一年目の時も、2期校の商船大学一校だけを受けた。

人生あまくはなかった。またもや不合格。2敗目。

この時、それまでの人生で一番のショックを受けた。後の人生を考えると、そんな大げさなものではないのだが、その時はとにかく世界で一番バカな人間だと思った。

図書館の2階で勉強していた仲間には何人も東大にすら合格している人もいた。

それに較べて、自分は2期校一本にしぼった商船大学すら不合格。

受験で涙が出たのは先にも後にもこの時だけだ。

2浪目、行くあてもなく図書館の2階で引き続き受験に備えるつもりでいた。

そんな時、一浪して東大に入学した同級生に町で偶然出会した。

彼曰く、「お前みたいなのは予備校に行った方が伸びるよ!」

浪人1年目の時、彼は予備校に通っていた。その頃、彼からもらったハガキの返事に、「俺は青白きインテリより真っ黒く日に焼けた土方を選ぶ。(私はその時、工事現場で土方のアルバイトをしていた)」と書いたことを覚えている。

アリとキリギリスではないけれど、彼と会った時、正しく彼がアリで、自分はキリギリスだと思った。やるべき時にやるべきことをやっていたのは彼だった。彼から予備校の詳細を聞くことができた。当時、長野県には予備校も塾もなかった。東京の予備校もほとんど試験が終わっていたが、2校残っていた。

予備校にも入学試験があるとはとんでもないと思ったが、一校目の駿台予備校すら落ちてしまった。自分は予備校すら受からないバカだったんだとつくづく思った。予備校すら受からないのに、大学など受かる訳がない。なんとか残りの一校に辛うじて受かった。その時のうれしかったことといったらない。

まるで、商船大学に受かったような気分であった。

母親も住み込みの仕事に転職し、支援してくれることになった。

「孟母三遷」という教えがあるが、肉体労働しか知らない母親流の支援には、感謝しても感謝しきれるものではない。

今思い出しても涙がこみあげてくる。

そして、この時のくやしさと2浪して合格までなんとかこぎつけた自信と、2浪したという劣等感がその後の人生に非常に大きな影響を与えた。

1期校の東北大学工学部と防衛大学に合格し、やっと22敗にこぎつけた。

こんなアホでもやればなんとかなるという思いが、その後の弁理士や税理士を目指すという目標を平気で立てることにつながったのだと思う。

この時どん底に落ちこんだ状態から這い上がる訓練ができたと思う。

防衛大学が受かった時点で、商船大学を受けることはやめていた。防衛大学では、給料がもらえる上にパンツまで支給される(?)とのことであった。これまた根っからの能天気であった。

その後、東北大学工学部に合格。防衛大学は訓練が大分厳しいようだし、将来のことを考えたら、卒業後の就職は東北大学の方が良さそうだとこれまた能天気。船長になる夢は簡単に消え去ってしまった。まさか卒業時、最悪の就職難の時代になるとはつゆ知らず。そうかといって、商船大学に合格して進んだ場合でも、卒業時、低賃金の外国人船員の時代になっていたので、船長になれる人は非常に少なく、丘の上のカッパになる可能性もあった。(現在、頭だけはカッパになってしまった。)結果として、何の因果かその後造船所に勤めることになるわけだが、船にはその後いろいろな所で関わることになる・・・。

人間、万事塞翁が馬 

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税理士法人を設立した理由(税理士を採用する理由)

・私の人生の目的は、一言で言うと、「自己実現を達成し、社会に貢献する

  こと」である。

 58才までなんとか生きてくることができた現在、私が貢献できることは、中小零細企業(診療所を含む)の経営に関わること及びその従業員に対し、法令順守に反すること以外は何でも支援していくことである。

 しかし、私1人の能力では、いくら努力したところでたかが知れているし、個人事業ならば、私がいなくなったらそこで御仕舞で、今まで蓄積してきたものが、分散してしまい、また、だれかが始めからやり直すこととなってしまう。

 そこで、社会税理士法人(社会医療法人の税理士版で、将来出来るはずである)を中心に千年企業を造れば、分散せず、蓄積に蓄積を重ねて、進化しながら必ずや社会に貢献することができる企業に成長するはずである。他の税理士法人との合併でもいいのだが、私が目指す税理士法人は今のところ見当らない。

 その為に、自ら税理士法人を作った次第である。

 

 

・中小零細企業(診療所を含む)の経営者は、自分の職種についてはプロではあっても、それ以外のことについてはプロとは言えず、だれに相談していいのかわからない人が多い。弁護士に聞くべきことなのか、社会保険社労士なのか中小企業診断士なのか、行政書士なのか、とりあえず顧問の税理士にでも聞いてみるかということになる。もっとも、聞くだけ増しであって、後になって、あの時確認してくれれば、展開が随分変わっていたのにと残念に思うことも多い。

 そのような経営者に対して、「何か迷ったら気軽に電話して下さい」というのが私の口ぐせである。

 すべてが、すぐに解決できるわけではないが、一緒に考え、判断の材料を提供することが仕事である。

 自分たちが支援できないことは、その道のプロを捜し出せばいいことであって、その為の勉強と人脈を作ることが仕事である。その道のプロかどうかを見分ける力は、我々の方が経験豊富である。

 我々は、経営者が一生に一度しか経験しないこと、数年に一度、あるいは年に一度しか経験しないことであっても、毎月あるいは毎日経験していることが多い。

 すべて税金がからんでくることがほとんどである。

 

 

 何か事業を興そうとするこれから経営者になる人にとって、一番役に立つ時は、興す前である。

 我々は、経営者が何か事業を興そうとする際、これから起きそうな問題をある程度今までの経験上予測できるからである。

 経営者が、これから何をやろうとしているか、どんな会社にしたいか、ひいては、どんな未来を夢みているのか聞かせて頂くことになる。数値に落としこんで事業計画を作成し、羅針盤として頂く。単なる数値計画に終わることのないように、行動計画にまで落としこみ、検証まで行う。確実に計画が実行されるためには、当然長いつきあいとなる。

 経営者個人の夢の実現は、会社の繁栄によって、ほとんど実現できるが、(実現できないものもある)会社の繁栄は従業員の力を借りなければ達成できない。経営者個人の夢の中には、従業員の夢の実現も入っていなければならない。そこで、我々はFP会計事務所として、法人のみならず、経営者、従業員の夢の実現のお手伝いをすることが必要である。

 その職務を全うして、お客様に喜んでもらうことが、我々の使命である。

 

 

 税理士法人の社員(株式会社の株主に当る)は、税理士資格を持っている人間しかなることができない。社員は、無限責任である。まだまだ責任をとるだけの資格者に成長していない、あるいは将来独立するのに足枷となるかも知れないということで、社員にはなりたくない資格者もいるようである。

 個人で独立している税理士は、無限責任である。

 小さな会社でも、法律論は別として、連帯保証人になっていなくても、最後の最後まで、責任を果たさなければならないものと考えている。破産して逃れる方法はあるにはあるが、一生かけて少しずつでも責任をとるのが、人としての最低限の道だと私は考える。

 資格を持っているが、責任をとるまで成長していない間は、だれに責任をとってもらうつもりでいるのだろうか。

 やはり、自分の仕事には、自分が責任を持つ覚悟がないと、成長は知れていると思う。

 中小零細企業(診療所を含む)の経営者は、その覚悟で経営をしているのであるから、先ずは、自分がその立場に立つことから始めないと本気度は伝わらない。

 それには、税理士として独立して、先ず1人から始めるとよい。

 経営者の気持ちが良くわかる。

しかし、その際、経営者より優れているのは、税金と机上の資金繰りと多少の異業種の知識位で、経営という点では、教えて頂くことばかりである。(独立したばかりの経営者を除いて)

そういう税理士で良いという経営者ならばいいのだが・・・。

 

同じ顧問料を払って、電話一本で、あらゆる角度からアドバイスをしてくれる専門家集団がいたらどうであろうか。

税理士法人の組織の中でも、担当者によって、力の差は歴然としているが、組織として

対応することができていれば、その問題は解決できる。

顧問料を安く押さえたいのであれば、普段は、ベテランでない職員に任せ、要望は、依頼事項としてその人に伝えさせるなり、直接、責任者に電話をすれば足りることになる。

本当に顧問先のことを考えることができる資格者ならば、どちらの事務所がお客様の役に立つかわかるはずだ。

ましてや、いくら頑張っても一人の人間の力は、たかが知れている。

自分で独立してやってみてよくわかる。あの時こうすれば良かったとか、こんな勉強をすればもっとよかったのにと、今になってよく分かる。将来もそうであろう。誠に申し訳ないことではあるが、それを後輩に伝え社会に貢献していくことしかできない。

従って、組織として対応していかないと、お客様の役に立つことはできない。

いろいろな分野の専門家が集まる動きの速い組織を目指すべきであり、これからは組織と組織の競争となる。

 

 お客様は、税理士法人が何をやるところか、何を頼むことができるのかを知らない。きっかけは、あくまでも税務署に提出する書類を作成してもらうことから始まるが、税理士法人が仕事としてやっていいことは限られている上に、社員(資格者)が2人以上いなければならない。

 資格者が多くいた方が傍目には頼りになるし、競争原理も働いていい仕事ができると思う。

 資格者は、税金のことはある程度は勉強して来ているので、税法上、細かいことを調べる際は役に立つが、実務で応用がきくかどうかは、別問題である。

 税務署側がどう考えるかは、税務署出身の実力のある人に参加してもらえればいいし、能力的に高い税理士との人間関係を保っていれば事足りることになってしまう。

 

 必要なものは「人間力」である。

 

 「人間力」のある税理士資格者が最適である。つまり、高い価値観を持ったリーダーシップをとることができる専門家を必要としている。

 

 

ゆえに、多くの税理士資格者を採用し、その中から代表社員を選出し、次に繋げていかなければ、税理士法人は千年企業にはならない。

 

しかし、税理士法人だけでは、お客様を充分に満足させることはできず、

  あらゆる角度からワンストップでサービスを行うために、別法人及び、多方面にわたる力のある資格者・コンサルタントが必要となる。その為に我がグループ会社には、今のところ次の4社がある。

 

 

・不動産、生保損保を中心とした「?ナショナル・コンサルティング・サービス」。この仕事をするためには、宅建の登録、生命保険、損害保険の資格者が必要となる。

 

 

・M&A・企業再生・経営計画他、税理士法人として資格がなければできない仕事以外、いわゆる、コンサルティング業務を「?マウンティン」で行なっている。

 

 

・在留資格、法人設立他行政書士の資格がなければできない仕事を「山崎明行政書士事務所」として行っているが、今年中に、法人化することに決定した。

 

 

・「(株)ドリームアクト」という会社は、上場している(株)ドリームアクトのブランドと不動産売買システムを活用し、相続、事業承継を中心に、グループ会社の活性化を図る目的であるが、今のところ、あまり活用されていないのが実情であるが、仕事はいくらでもある。

 

 上記4社の社長も、「人間力」のある人にしか務まらないが、税理士の資格は必要としていない。

  (税)総合経営サービスと上記4社は共存共栄の関係で、病院に例えれば総合病院であり、1社も欠くことのできない存在である。

 各会社の11人が、10年で最低ひとつ以上の得意技を作り、お互いが刺激し合って成長し続ける専門家集団になれば、千年企業となり、社会に貢献できることは確実である。

 しかし、(税)総合経営サービスでは、どうしても、税理士資格を持っている人間が必要となる。

 

 

 

税理士資格を取得するには、莫大な時間がかかるが、その時間、いやそれ以上の時間を、実務をこなすことに全力を投入した人と、どちらがお客様に必要とされるであろうか。

とかく、税理士資格取得者は、受かるだけの努力をすることができる人間であった()という過去形であって、そのまま、継続して努力し続けることができない人が多い。

 むしろ、資格を持っていない実務家は、資格者に負けてたまるかということで努力をし続けざるを得ない。受験勉強する時間の分、経営者と関わる(人間力が養われる)時間が多くとれ、さらに、実務に必要なノウハウを勉強する時間も充分とれることは間違いのないことである。

独立するため、あるいは、税理士法人の社員になるためには、税理士資格は必要であるが、実務は、持っていなくてもできる。むしろ実務に必要な資格は、CFP(国際資格)とか、ファイナンシャル・プランニング技能士1級(国家資格)である。これも持っていなくてもできるが、持っていないと話にならない時代である。

 一生で、何かひとつ位、形に残るものとして資格に挑戦し、取得することを事務所としても勧めている。

 CFP・ファイナンシャル・プランニング技能士1級は、お客様の所に行って、質問されたり、依頼されたり、あるいは、将来こんなことを話してやれたらと思うことが、試験問題として出てくる。

 実務家としては、打って付けの資格である。

 事務所に入所して3年経過すると、AFP、CFPの資格をとる為のあらゆる諸費用が会社から出る。おまけに合格祝いとして5万円出る。

 以前は、年間60万円の資格手当も出ていたが、現在は出ない。

 単に資格を持っているだけでは、意味がないことであり、結果を出してこそプロということと、人数も10名になり、一定の役割は果し終えたと判断した。

 しかし、6年以内にCFPの資格がとれない、つまり努力をしない職員は、退職した方がいいと断言している。この資格の内容は、幅がものすごく広く、深いものであり、お客様との相談に乗る際に一番役に立つ資格ではあるが、税理士科目の一科目合格にかかる時間より、少ない時間で合格だけは可能である。

 それだけ必要とされ、喜んでもらえる資格に対して、勉強しない職員はお客様から必要とされるであろうか。

 入所3年経ってからの受験を奨励するのは、3年間は、先ず会計事務所の職員としてできなければならないこと、やらなければならないことを最優先すべきであるからである。

 先ず、3年間は税務の基礎知識を身に付け、試算表、決算書、巡回監査が確実にできる努力をしなければならない。

 

 

 

お客様からの依頼事項をひとつひとつ確実に成し遂げることが、実はFPとしての基本的な仕事を行っていることにも繋がっているのである。

 その上で、一気にAFP、CFPに挑戦することが望ましい。

 また、3年位経つと、皆が皆「自分も一人前になった」と勘違いしてしまう。

CFPに出くわすと、自分のやっていることが、いかに、部分的なことであったか、これから、勉強しなければならないことが、いかに多くあるかを知ることとなり、人間が謙虚になるはずである。

 

 税理士試験もあまり長くやっていると、性格が変わってしまうし、社会復帰するのに時間がかかる。

税理士試験合格後、さらなる挑戦をしなければならないのに、過去の人になってしまったり、あるいは、資格マニアになってしまったり・・・。

速いところ合格してもっと応用がきく人間に育ってほしい。

 

 決して、税理士試験を否定するものではない。大いに挑戦してほしい。

 若い人の方が、体力的にも、記憶力もいいと思うが、脳みそではなく、時間と集中力の勝負だ。

 やるべき時間やったものは、だれでも受かると思っている。私が受かったのであるから。(私は体力()には自信()あった()

 働きながら受験する人は、朝5時に起きて、事務所に来るまでに2時間勉強できない人は、受験する資格すらないと断言している。

 働きながら1年に2科目受験する人は、わが事務所には来ない方がいいし、採用もしていない。仕事と1年に2科目は両立しない。

他の事務所と比較して、法令順守に反すること以外何でも支援することをモットーとしているため、仕事の種類が多く、残業があるからである。

今年からは、20時以降残業禁止であるが、残業なしの社員として入所しても、帰っていいはずなのに、割り切って帰ることができないでいるのは気の毒だ。

もちろん、ランチェスターの法則通り、2時間残業する人としない人との実力の差は倍となってしまう。

現在、税理士試験残り1科目の人は我が事務所には5人いる。はたして、5時に起きて2時間勉強してきている人は何人いるのか。試験が近くなってから頑張ったところで、受かる資格ではないし、実務の方がはるかに楽しいから、受験勉強からどんどん離れていってしまう。

そうかと言って、一度挑戦して、最後の一科目をあきらめたら男がすたるとでも思って

 

 

いるのだろうか、やり続ける人もいるようにみえる。りっぱというか、あきらめが悪いというか、それならば死に物狂いで試験勉強をすればいいのに・・・。

私は、常々言っている。試験に受かる能力と、実務に必要な能力は違うと・・・。

努力するという点では同じであるが・・・。

これだけ勉強してもダメだったら、資格試験には向いていないのだと思えるだけ、無我夢中で勉強し、1科目2年続けてダメなら、実務に集中した方が社会に役立つと言っている。

その為には、自分で勉強する時間が多くとれる環境を作ることから始まる。例えば、住居を事務所の近くにしたり、試験前には、ある程度(10日間)休めるような事務所に転職するとか(山崎会計は可能)、正社員ではなくパートに変更してもらうとか(これも山崎会計は可能、もちろん収入は減少)、方法はいくらでもある。

その前に、トイレ、風呂場で勉強しているかという質問に、やっていると答える人は先ずいない。何が何でも受かるんだという必死さが感じられない。

私の受験生時代には、お客様のところに自転車で行く際、ペダルをこぎながら暗記物をやったものだが(記憶力が弱いから)、現在禁止している。それよりも、事務所に来たらお客様のことを考えるように言っている。勝手なものだ!(当時、いかに自分勝手でお客様のことを考えていなかったか、理解することができたことによる)。

受験生は、さっさと受かって、早いところ次のものに挑戦してほしい。

 

それ以上に勉強してほしいことは、価値観()とか考え方()である。

 

この事務所に入って良かったと思ってもらえるのは、これを学ぶ機会をもつことができたからということになると思う。

私が思想的にすぐれたことを教えるのではない。私にはそのような力はない。

私が自己実現を目指すことは、当然ではあるが、外部の優れた諸先生方の力を借りながら組織革新を実現する際、職員も同時に自己革新を図ることとなる。

そうならないと、千年企業どころか10年持たない。

私が千年企業を目指すことも、会社の株式は、働いている人のものにしようと考えたのも、竹内上人という先生から、思想の勉強をしたからである。

私と「同じ方向性を持つ価値観」を持つ人が増え、同等あるいは、それ以上のサービスを提供しようとする人が、全国各地にできたら日本も良くなることと思う。

いや、日本だけでなく、世界に進出すべき企業になるに違いない。

税理士法人 総合経営サービスという名称は、どこでも使えるようになっている。東京ならば(税)総合経営サービス東京、あるいは王子といった具合だ。

 

価値観を確認するには、やはり、何年かは一緒に働いてみるのが一番いいと思う。

こんな事務所で働いてみたいという税理士・CFP・社会保険労務士・司法書士・中小企業診断士・その他多くの資格取得者及び希望者には、是非応募してほしい。

先ずは面接、あるいは、一杯飲みながら、お互いを確認するところから始めましょう!

 

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ブログについて №2

ブログにどんなことを書いたら、応募者の皆さんに読んでもらえるのか?
所長のブログということであるなら、私が将来どんな事務所にしようとしているのか、どんな人に来てもらいたいのか?
私の考え方とか、なぜ、税理士になったのかとか、いざブログを書くということを決めたら、書きたいこと、書かなければならないことが山ほど出てきた。
先ず第一回目は我社の経営理念「共存共栄」について書いてみた。
その後ぞくぞくと我が職員が自主的にブログを書いてくれているが(半分ノルマではあるが)、普段私が気付かなかった能力を十二分に発揮してくれていることに驚くとともに、ただただ感謝である。
これなら私がブログを書かなくても、面白そうな職員がたくさんいることも分かってもらえるし、自分が成長できる事務所であるかどうかも判断できるに違いない。
読んでくれる人がきっと多くなっていると思うが、残念ながら私はその調べ方を知らない。
次回は私が若かりし頃について(頭はフサフサしていた)書いてみたい。

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ブログについて №1

 自分がブログを書くことになるとは!!!

 

 ブログとは無縁の人間でした。

他人のブログすら読んだことがない人間が、自分でブログを書くことになるとは自分でもビックリである。

私のブログを読んでくれる人がいるとは思えないし、披露するほどの中身があるとも思えないからである。

 

 昔の写真すら見ることはほとんどない。

旅行に行ってもカメラは持っていかない。

 

 いったい、いつ見ることになるのか?

寝たきりになって、どこにも行けなくなった時にでも見るのであろうか?

 

 いや、私のことだから、寝たきりになっても、昔を思い出すよりも、これからのことを考えているのではないかと思う。

 

 では、一体なぜ?

 

 それは、偏にいい人材を採用したいからである。

職員を採用する際、応募者はほとんどの人がホームページを見てから面接にやってくる。

千年企業(普通は百年企業)を目指している以上、人材を採用し、鍛え上げ、次に繋げていかなければならない。

応募者は、所長がどんな人間か、自分の人生を掛けていい職場であるかを、先ずはホームページを見るそうである。その中にある所長のブログは必ず見てから来るとのこと。

それが事実であるなら、今まで直接面接で、1時間も2時間も話していることを、前もって読んでもらっておけば、来る前にある程度判断することができて、お互い時間の節約にもなるとの判断となった。

ついでに面接の時間では、なかなか話すことのできないことも前もって読んでもらえれば、入所してから、後悔することも減るであろう。

応募者の皆様の判断の材料になるよう、本音で自分を曝け出しますので勝手に判断して下さい。

一人でも物好きな応募者が、面接に来てくれることを願っています!

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共存共栄

私には今年90才になる母親がいる。事情により6才で知人に預けられ、子守をしながら尋常小学校に通わせてもらったものの、3年生で中退したというりっぱな学歴を持っている。


また、私の父親は小学校
4年生の時に亡くなっているため、朝7時から夜の24時まで、3つの職を掛持ちし、2人の子供を育て上げたりっぱな職歴も持っている。

 

その母親から 常に「情は人の為ならず」と耳にタコができるほど、毎日、御題目のように聞かされていた。

 

34才で独立開業し、会社を伸ばすには、しっかりした経営理念が必要であることを学び、TKCで聞きなれた「自利利他」にしようと考えていた。しかし、自分のことは一切抜きにして、他人の為だけを考えて尽しきることを経営理念に掲げても、若い人たちが共感できるとは思えなかった。

若い職員のみならず、私にしても、まだまだ「自利利他」と言い切れるだけの人間には成長できていないのと、何か重たく、借り物のように感じていた。

 

そんな折り「共存共栄」に出会った。これだ!と思った。

「ともに生存し、ともに繁栄しましょう」という考え方が、しっくりくるし、第一わくわくした。

ともに生存し、繁栄するのはお客様だけではなく、職員も、また、その家族も含めてすべてである。

 

きっと、これを継続していくと「自利利他」の境地になれるに違いない。 

その日がくるまで「共存共栄」を理念に掲げ、わくわくしながら邁進していくつもりである。

 

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